ブログ(うつ主婦編)

その敵、本当にいるのかニャ?〜嫌いな人の倒し方①

前回のブログでも書きましたが、webの仕事でほんの少し結果がついてきて、さらに「開運」を意識するようになって、気持ちが明るくなってきています。
 

(自分の人生を不幸だと思ってきたアラフォー主婦どん底ちゃん(”ちゃん”なんて、おこがましくスミマセンw)が、人生を豊かにするために挑戦しているブログです→自己紹介
 

開運と言っても、お金がかからなくてちょっと行動するようなものから始めています。
 

そのひとつが掃除。
 

「お金が欲しければトイレを磨け」
「トイレの神様に愛されると豊かになれる」
 

これまで聞いたことがあっても、「疲れてて無理」と掃除全般をおろそかにしてきました。その中でも特に苦手だったのがトイレ掃除。
 

料理も気が重い部類のことなんだけど、料理はお腹がすいて、買いに行く元気すら無ければ作らざるを得ない。トイレ掃除は
 

やらなきゃとわかっているけれどできずに数ヶ月
 

なんてこともザラにありました(汗)
 

けれど、webの仕事がどうにもお金につながらない。努力の方向性が間違っている部分もあるにしろ、朝から夕方まで作業して、終われば子育てをして、体はヘトヘトなのにお金も入ってこないのでは「徒労」という言葉しか浮かびません。
 

それに、この仕事は「反応が出るまで待つ」必要もあります。
 

やることはやる。
でもその他に出来ることはないか?
何かしてないと心が折れそう…

 

と始めたのがトイレの掃除でした。
 

動機はお金だけでした(笑)
 

初めは数日空くこともあったけれど、毎日磨いているとだんだん習慣になってきます。
 

何より、トイレが綺麗なのは思った以上に気持ちがいい。
 

ほぼ毎日トイレ掃除をするようになると、1回の時間が短く済むようになり、余った時間で他の場所を掃除する余裕が出てきました。
 

ここからが本題なんですが(前置き長っw)
 

今朝、おまけ掃除で洗面台を磨いてみようと思い立ちました。
 

水を受ける場所や鏡は時々キレイにしてたんだけど、今日はてっぺんまでやってみようと。
 

洗面台の蛍光灯カバーの中には、私にとっての魔物が住んでいました。
 

魔物の正体…それは…
 

ゴキです(涙)
 

フルネームでは呼びたくない、黒いアイツです。
 

以前、家にゴキが出ました。
 

猫ちゃんがやっつけてくれることもあるんですが、どういう理由だったか、この日は自分で殺(ヤ)るしかない状況になりまして。
 

ゴキジェットを片手に敵を洗面所のコーナーに追い詰めることに成功。
 

苦しむゴキはスルスルと壁を登って、天井の隅に逃げていきます。
 

あと一押し!
 

と思った時、もがいたゴキが洗面台の蛍光灯カバーの中に入ったんです。
 

曇りがかったカバーの中には、黒〜い物体が。
 

そして動かなくなりました。
 

蛍光灯カバーの中なんて入れるの!?

よりによって、何でそんな所で息絶えるんだよ!
 

いくら考えても状況は変わりません。カバーを外すのも面倒だし、捨てるのも怖い。
 

見なかったことにしよう。
 

放置することにしました・・・。
 

それから数年間(数年かーい!)、
 

あそこにゴキがいる

いつか捨てなくては

でも怖い。

黒いものがゴキだと知ってるのは自分だけ。

いつか、いつか・・・
 

歯磨きをしながら見上げるたびに、黒い鉛のようなものがこみ上げてきます。
 

そのゴキとの戦いも、今日で終わりです。
アイツを、捨ててやるのです。

カバーはホコリだらけ。
 

ゴキが潜る前から、掃除をした記憶はずいぶんありません(汗)
 

ホコリを拭いて、いよいよカバーを外す。
 

蓋を開けておいたゴミ箱に滑らせるように入れる。
 

なんだ、大したことないじゃないか。
 

もっと前にやればよかったな。
 

でもあれ?ゴキが落ちた感じがしないぞ。
 

外から見ると、まだ黒くなっています。
 

張り付いてるのか・・・
 

覚悟を決めて中をのぞくと、
 

なんと、
 

なんと、
 

そこにはただの黒い汚れがあるのみ。
 

ゴキはいませんでした!!!
 

あの時確かに、ゴキは入って行ったんです。
 

ゴキが生き絶えた瞬間、それまでなかった黒い影が、蛍光灯カバーの中にできたんです。
 

瀕死のヤツが自力で逃げたのか?仲間が助けに来たのか?
 

理由はわかりませんが、事実はゴキはいなかったでした。
 

数年間、私はいないものに怯えていたんです。
 

なんてこと!

いない敵に怯えていないか?

「見えない敵と戦って苦しんでいる」
 

そんなことって、実は多いんじゃないでしょうか。
 

例えば私の経験で言うと、
 

親に愛されてなかった
悲しい子供時代だった

 

とずっと思ってきたけれど、親になって、親の苦労もわかるようになると、
 

彼らは私のことを愛してたんだ
上手に愛せなかっただけなんだ
 

って思うんです。
 

辛い時間のことばかり思い出してしまうけど、してもらったこともちゃんとありました。
 

ひどい暴力を伴う虐待を受けたり、親に捨てられた人もいるでしょう。
 

私なんかよりずっと辛い経験です。でも、親は本当にあなたを愛していなかったんでしょうか。
 

子供に虐待をしたり、自由を奪ったり、子供を捨てたり、それは確かに酷いことです。悲しい経験です。でも、愛していなかった事とイコールではありません。
 

ひどいイジメにあった経験なんかも、嫌われてたんじゃなくて妬まれてたとか、羨ましかったとか、本当は仲良くなりたかったって場合もあります。その子も家庭で辛い目にあっていて、外で解消する方法がイジメしか思いつかなかったり。
 

イジメはされた人の方がずっと苦しみます。苦しんで当然です。
 

苦しんだ結果として
 

「もうあんな経験したくない」

「愛されたい」
 

嫌われないように人に気を遣いまくって、外から帰ってくると疲れ果てている自分がいる。
 

大好きな人にも本当の自分を見せられない。素直になれない。
 

私は、そんなことが沢山ありました。
 

あなたがずっと恐れていた敵は、本当にいるのか。
 

確かめてみたら、案外どこにもいないかもしれません。
 

もし本当にいたとしても、戦うに値しない相手で、忘れてしまう・こだわるのをやめた方がずっと早くて楽ということもあります。

見えない敵の倒し方

時間が経つほど問題が深くなってしまって、「自分が諦めるなんて悔しい」と、手放した方が楽なのに手放せない事もありますよね。
 

でも、ひとりで戦っているとしたら、傷を受けるのも自分ひとりです。
 

私も、こういう「執着を手放す」「被害者をやめる」のにとても時間がかかりました。
 

    「楽しく生きるためには手放すことが必要なんだろうな」と、初めはただ知識として知っておく

    一旦その考えを引き出しにしまって、熱中できることを見つけて打ち込む

    熱中できることに行き詰まった時、解決法を探していて「被害者をやめよう」という言葉に再び出会う

    やってみようかなと思う

    手放したらすごく楽なことに気づく

 

そんな風に、何年もかけて、段階を踏みました。
 

どうすれば諦められるか。どうすれば苦しい思いから解放されるのか。
 

それは、許すことです。
 

たったひとりで、自分の心の中で、大嫌いだった相手を思い浮かべて、
 

「私はあなたを許します」
 

と言いました。
 

100%の気持ちで。
 

本人に直接言うことができたら、もっと大きな変化があるのかもしれません。
 

許す前に、もうひとつ大きなステップを踏みました。
 

その話はまた次回。
 

(「次回書きます」と言ったまま書かないことが多いけど、これは絶対書きます 笑)
 

それにしても、ゴキ、いなくてよかった〜
 

別の場所に潜んでたりしないよね?
 

ナイナイ( ´ ▽ ` )ノ
 

ゆるんでゆるんで、いきましょう。
 

ゆるめにtwitterやってます( ´ ▽ ` )